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by SMUZIKT
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みなさんは、あのマイケル・ジャクソンとマドンナが奪いあったというスーパー日本人ダンサーをご存知だろうか? 

そのダンサーの名はKento Mori。マイケル・ジャクソンをヒーローと崇める24歳だ。現在はマドンナのツアー・ダンサーを務めている。そんな彼の元に1通のメールが届いたところから、このストーリーはスタートする。

そのメールは、Kento氏が世界一尊敬するマイケル・ジャクソンのツアー<THIS IS IT>のダンサーを募集するものだった。しかも、送られたのは世界のトップダンサー500人のみ。Kento氏はマドンナのツアー・ダンサーとして契約中だったが、そのオーディションに参加してしまう。そのオーディションの模様は、Kento氏のエージェントであるMami氏の手によって、Kento氏のMySpaceブログ上で生々しいまでに描写されている。

“世界中でたった500人。選ばれたスペシャルダンサーのみが受ける事の許されるオーディション。Michael Jacksonの元バックダンサー、Madonnaのバックダンサー、Beyonceのバックダンサー、Usher のバックダンサー、。。。この業界トップで仕事をするダンサー達がこのオーディションに集った。
http://blogs.myspace.com/index.cfm?fuseaction=blog.view&friendId=157952278&blogId=492105180

オーディションは、約3日に渡って行なわれたという。その中でマイケル・ジャクソンはKento Moriを差してこう言った。

“I think he is funky. I like it.”

Kento Moriは<THIS IS IT>の専属ダンサーとして、マイケルにNo.1指名されたのである。もちろんKento氏は狂喜したはずだ。マイケルは彼のヒーローであり、<THIS IS IT>はマイケルのラスト・ツアーだったのだから。

しかし、これに激怒したのがマドンナだ。なぜなら、Kento氏はマドンナのツアー・ダンサーとして契約下にある身。マイケルがNo.1指名するほどの逸材をマドンナが易々と手放すわけがない。当然、このことはすぐにマイケル側の耳にも入り、Kento氏をマイケルのツアーに参加させるために死力をつくてくれた。なんと、マイケル・ジャクソンはマドンナに電話で直訴までしたというのだ。これらの緊迫感あるやり取りも、Mami氏がブログで綴っている。
http://blogs.myspace.com/index.cfm?fuseaction=blog.view&friendId=157952278&blogId=492105541

しかし、マドンナは決して首を縦には振らなかった。マイケル側がどんな素晴らしい条件を出しても、Kento氏がどんなに懇願しても。マドンナの口から“Yes”を引き出すことは出来なかったのである。そして、彼女はKento氏にこう言った“あなたはわたしとの契約下にいます。それに従いなさい”。

結局、Kento氏はマイケルのツアーに参加することは出来なかった。そのときのKento氏の絶望は我々の想像を超えるものだろう。しかも、このやり取りの約2ヵ月後、マイケルは急逝してしまったのだから。

今回の一件は、NONA REEVESのヴォーカルにして、日本屈指のマイケル・ジャクソン研究家して知られる西寺 郷太氏によって広く世の中に広められた。西寺氏の談によれば、マイケル・ジャクソンとマドンナは生まれが同じ1958年で、しかもお互い唯一無二と言えるスーパースター同士ということで、古くから非常に良い友人関係にあったという。

そんなマドンナは自身の最新ツアー<Madonna's 2009 Sticky & Sweet Tour>で、約1分30秒のマイケル・ジャクソン追悼コーナーを設けた。そこでは、まるで全盛期のマイケルを思わせるダンサーが、ファンキーで、エモーショナルで、本当に素晴らしいパフォーマンスを見せてくれる。この模様は、日本でもワイドショウなどで取り上げられたので、ご存知の方も多いかと思う。実はこのマイケルを模したダンサーこそが、Kento Moriなのだ。

★Kento MoriのパフォーマンスをYouTubeで観る


マドンナは、このあまりに劇的なKento氏の起用についてこうコメントしています。
http://blogs.myspace.com/index.cfm?fuseaction=blog.view&friendId=157952278&blogId=499719920

“私のダンサーKentoは、マイケルに取り付かれていました。そして、マイケルのツアー・オーディションに受かったとき、彼は心からそちらへ行きたがりました。でも、Kentoはすでに私との契約下にあったのです。だからいま、彼は私のショウでマイケルになるのです”

“Kento, my dancer, was obsessed with Michael all his life.
And when Michael was having auditions for his tour, Kento really wanted
to go but he'd already made a commitment to me.
So now he's about to have his moment and be Michael at my show.”

本件を世に広めた西寺 郷太氏に大きな感謝を送りたい。(MySpaceニュース)
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by smuzikt | 2009-09-17 20:01 | ■ Dance
ジョン・ライドンは、昨年まで再結成ツアーを行っていたセックス・ピストルズに続いて、今度はポスト・パンク・バンドのPIL(パブリック・イメージ・リミテッド)を再結成することになった。BBC 6 Musicが報じている。

この再結成は、今年がPILの代表的傑作『メタル・ボックス』の30周年にあたることから実現したようだ。12月にUKツアーを行うことがすでに発表されており、オフィシャル・サイトでは「ツアーは『メタル・ボックス』に限らず、すべてのキャリアを披露するものになる」としている。

BBC 6 Musicによると再結成の理由はそれだけでなく、昨年ジョンの父親が逝去したことと、兄のがんとの闘病が大きかったらしい。「それは感情的にとてもキツい期間だった。俺はそこから「デス・ディスコ」(PILの代表曲)のことを考えるようになったんだ。あの曲は母の死について書いた曲だからね」とジョンは語っている。ツアーに向けてジョンは「まだ発表していない新曲を洗い直しているところでね、そのうちいくつかはPILのアンセムになっていくだろう」と意欲を見せている。

気になるのはジョン以外のメンバーだが、初期PILを支えたジャー・ウォーブル(B)とキース・レヴィン(G)は残念ながら不参加。それについては「ジョン(ジャーの本名)は俺にとって素晴らしい仲間だ。だが俺たちはお互いのために、異なる道を歩んでいるんだよ」とのこと。メンバーは元スリッツのブルース・スミス(Ds)、元ダムドのルー・エドモンズ(G)、それにベーシストにはエルヴィス・コステロなどと共演歴のあるスコット・ファースというラインナップになるようだ。ジョンはブルースとルーについて「彼らはそれぞれ全然違うタイプのヤツで、お互いのことが好きじゃないかもしれないけど、でも俺たちはきっとうまくいくよ」と言っている。

PILはセックス・ピストルズ解散後の78年にジョンが結成。当初はバンド形態を取っていたが、ジャーやキースが相次いで脱退し、84年頃からジョンのワンマン・バンドとなり、92年に活動を休止した。今回の再結成は17年ぶりということになる。12月15日のバーミンガム公演からUKツアーが始まる予定。
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by smuzikt | 2009-09-17 16:56 | ■ News